ベンチャーデット
シリーズA資金調達の金額増加の方法として有効なのがベンチャーデットです。創業者による説明では、ベンチャーデットは「基本的に使途が自由で希釈化を伴わない資金」です(無論、融資条件によります)。しかし、ベンチャーデットには独自のリスクがあります。本セクションでは、ベンチャーデットとは何か、企業がベンチャーデットを利用するべき時期、その調達方法、ベンチャーデットに関する注意事項について説明します。
一般的な高水準のベンチャーデット契約は以下で構成されています:
- 債務としてのXドルの与信枠またはタームローンとそれに関連する金利。
- この債務は、IPを含む場合もある当該企業の資産を担保としています(IPを担保として他者へ差し入れないことを意味するIPの「担保提供制限」のみを要件とするディールは、より好意的なディールだと言えます)。
- 与信枠獲得に関連する前払い金。
- 融資総額の5~1.5%に相当する保証料金額(ドルベース)(例:ベンチャーデットから1,000万ドルを調達している場合、保証料10万ドルは正常な範囲です)。通常の融資よりはるかに有利な金利、多額の融資額または当該ディール内でその他の有利な条件で資金を調達している場合、保証料は上昇します。
- 特定の財務比率を含む遵守するべき契約条項。
- 銀行部門を持っているベンチャーデットの貸し手(SVB、PacWest、Comericaなど)の場合、同社へのメインバンクの変更。
以下のような理由から、ベンチャーデットの利用はシリーズA資金調達直後が最適なタイミングとなります:
- ベンチャーデットは利用可能な与信枠を最大化します。ベンチャーデットの貸し手は、VCへのエクイティ発行で調達して銀行に保有している金額の20~25%に相当する金額を与信枠とするのが一般的です。
- 創業者はこの時点で最大の交渉レバレッジを持つことになります。万事順調で、シリーズA投資家は大いに満足しており、創業者は資金調達の必要がないこの時点は、当然ながらさらなる資金調達が最も容易な時期であるのが一般的です。
しかし、行動に移る前には、自分がいくつかのポイントをきちんと理解しているか確認してください。
ベンチャーデットは運転資本の調達や営業レバレッジに最適で、一般的にはランウェイ確保(人件費、営業費用などのための資金調達)のために使用するべきではありません。
前者の資金を調達するために融資を受けている場合は、キャッシュフローの改善またはユニットエコノミクスのテコ入れが目的であるのが一般的です。理論的には債務不履行のリスクは低くなり、ベンチャーデットの貸し手も企業が最初から与信枠を利用することに不安を抱きません。
一方、単にランウェイを確保しようとしている場合は、本質的には迫りくる債務返済を今後のベンチャーラウンドでの資金調達に依存していると言えます。これがうまくいく場合もありますが、悲惨な結果を招くおそれもあります。自分がこの状況にある場合は、ゲームオーバー・シナリオというリスクを負っていること、今後のラウンドでの資金調達は可能であると自分は大きな自信を持っていることを理解してください。
例えば、今後の資金調達が想定より長引く、または問題があるように見える場合、ベンチャーデットの貸し手は債務不履行を宣告して返済の加速を選択するかもしれません(こうした不安定な状況下では、条項の中にベンチャーデットの貸し手が着目する可能性がある様々なトリガーが存在するのが一般的です)。返済のための現金が手元にない場合はその企業は終わりを迎え、ベンチャーデットの貸し手は投下資本を回収するために担保権を行使します。創業者がベンチャーデットに手を出したことへの後悔を口にするのは大抵この理由のためです。
ここで仮定されているのは、ベンチャーデットの貸し手も創業者のランウェイ確保のために最初から与信枠を使わせるということであり、創業者が次回ラウンドで資金調達を行う能力に不安を抱く場合与信枠の使用を拒否するかもしれません。リスクが高いと判断した場合に融資を確実に拒否できるように、ベンチャーデットの貸し手は与信契約書内に「抜け道」を用意するでしょう。
リボルビング与信枠かタームローンか、自分が必要とする与信枠の種類を確認し、それに基づいて計画を策定しましょう。
リボルビング与信枠とは言葉の響きどおりで、ある期間において一定の残高の最大限度額内で借入れと返済を繰り返すことが可能なものです。例えば、24ヵ月の期間の500万ドルのリボルビング与信枠がある場合、理論的にはその期間中に500万ドルを借入れ、収益と株主資本からその金額を利子と共に返済し、再び500万ドルを借入れ、利子と共に返済しなどということを繰り返すことができます。
一方、タームローンは借入金額が決まっていて、1回または複数回のトランシェ(融資区分)に分割することができます。トランシェは特定の期間のみ利用可能な場合もあります。例えば、第1トランシェが500万ドル、第2トランシェが200万ドルのタームローンの場合は、第1トランシェは24ヵ月有効ですが、第2トランシェは最初の12ヵ月だけ有効です(企業は後の12ヵ月に比べて最初の12ヵ月のほうがレバレッジ解消に利用可能なVCからの調達資金をより多く保有している可能性があるため、このように返済時期をずらすことでベンチャーデットの貸し手はリスク管理が可能となります)。さらに、タームローンはドローダウンを規定することも可能で、その場合、創業者はXという期日までに一定額の資金を借入れることを求められ、その結果、ベンチャーデットの貸し手が融資を実行することに価値が認められるために最低限必要な利息を受け取ることができます。
与信枠の利用では融資残高に対する償却スケジュールも定められ、そこで利子返済の時期と元本返済の時期が明記されます。ここで創業者が留意すべきは、融資期間および返済/償却スケジュールを、収益、さらなる株式投資またはその両方と形態を問わず、予想される企業への資本流入に対応したものにすることです。
プロセスを管理して複数のタームシートを受領できるようにしましょう。
これはエクイティ発行による資金調達よりはるかに容易です。基本的に借入資本は必需品であり、ベンチャーデットの貸し手の大半は十分な資金力があるVC(スタートアップを救済し、ベンチャーデットの返済を支援することが可能)に支えられているスタートアップへの融資を探していて、(1)銀行とのつながり確保(例:SVB)および/または(2)保証料という余禄の獲得により通常より少々高い金利での融資となることを望んでいます。様々なベンチャーデットの貸し手から複数のタームシートを受領し、条項や価格を比較し、その中から1つを選ぶことはさほど困難ではありません。
デューディリジェンスプロセスでは、おそらくシリーズA投資家と共有する必要があった財務情報、メトリックおよびその他のマテリアルを貸し手に提供することになります。さらに、シリーズA投資家があなたに対して明るい見通しを持っているかを把握するために、彼らとの面談を求めてきます。これは開始から終了まで1~2ヵ月かかる可能性がありますが、シリーズA資金調達ほど悩まされることはないのが一般的です。
MAC条項および投資家支援条項という2つの重要条項を注視し、理解しましょう。
これら2つの条項は、債務不履行誘発のきっかけになるものです。つまり、これら2つの条項のいずれかまたは両方が発動された場合、ベンチャーデットの貸し手には即時の全額(と利子)の返済を要求する権利があります。一般に、債務不履行はアーリーステージのスタートアップにとって致命的であるため、基本的に創業者はこれらを自社の終焉を誘発する可能性がある要因として理解しておくのがよいでしょう。
MAC(重大な悪影響を及ぼす変更)条項とは基本的に、「企業に何か問題が起きた」ことを意味する条項です。当然ながら、ベンチャーデットの貸し手はこの条項の対象範囲を可能な限り広げたいと考えます。一方、創業者と顧問弁護士の仕事は、この条項の対象範囲を可能な限り限定的かつ具体的なものとするよう努めることになります。それができない場合、予防的管理で本条項の発動を回避できるよう、創業者は少なくともその内容を理解する必要があります。
投資家支援条項とは、一般的には「融資先企業の投資家は今後、同社に対する資金的支援を行わないだろう、とベンチャーデットの貸し手が自己の裁量で判断した場合、当該貸し手は債務不履行を宣告できる」という条項です。わかりやすく言えば、これは「融資先企業のシリーズA投資家が、同社を精査し、今後同社に対するさらなる資金提供はしないことを決めたのだ、とベンチャーデットの貸し手が判断した場合、当該貸し手は債務不履行を宣告し、さらなる融資を打ち切り、即時返済を求めることができる」ことを意味します。ここで創業者は、ベンチャーデットの貸し手が、融資先企業のシリーズA投資家は今後同社を支援しないだろう、と判断する裁量権の削除を試みる必要があります。一般的なアプローチは、(ベンチャーデットの貸し手が、融資先企業の投資家は今後同社を支援しないだろう、と判断することに加えて)シリーズAの取締役の役職辞任という客観的要素を追加することで、本条項の発動要因を倍増させることです。当該取締役の辞任が客観的要素として妥当な理由は、ベンチャー投資家は実際、終焉に近づいている企業の取締役であることから生じるフィデューシャリーデューティー責任の負担を回避するために、事態が収拾不能になったら取締役を辞任するからです。
クロージング時
ベンチャーデットは、正当な理由で利用され、明確な目的および堅実な運用計画を補完するために入念に管理されるのであれば、企業にとって役立つ可能性があります。ただし、ベンチャーデットの貸し手はシリーズA投資家とは全く異なるリスクプロファイルを持っていることは心に留めておいてください。シリーズA投資家は、成功確率の低いスイングへの投資全額を失ったとしても成功スイングが十分大きな成果を出してくれれば満足である一方、ベンチャーデットの貸し手は、資本損失リスクの最小化を重視しています。こうした相違は、極めて自明に思えるかもしれませんが、これら2種類の資金提供者が異なった行動を取る時、その理由の99%を説明することができます。後から振り返ってベンチャーデットの貸し手からの資金調達という経営判断は間違っていた、または少なくとも事態を著しく複雑にした、とみなされるのはそういう時です。そのため、早い段階でこれら2種類の資金提供者間の相違と異なるニーズを理解することは、複雑な状況を最初から回避するうえで役立つ可能性があります。
次のセクション:
シリーズA後
本コンテンツは Y Combinator の許可を得て FoundX が翻訳しています。
翻訳元: Y Combinator Series A Guide