YCにおける標準的なシリーズAタームシート

シリーズ A ガイド

YCにおける標準的なシリーズAタームシート

 

YCのシリーズAプログラムに参加している企業と時間を共にするうちに、私たちはある共通の問題に気付きました。それは、創業者はどんなタームシートが「良い」ものか理解していないということでした。多くの創業者にとってタームシートを目にするのはこれが初めてのため、これは仕方がありません。一方、VCはタームシートに定期的に触れていて、何を期待するべきか熟知しているため、創業者はかなり不利な立場に置かれています。これまで数千人の創業者に投資し、数百枚のシリーズAタームシートを目にしてきた私たちは、どんな内容が「良い」のか理解しています。YCでは創業者と連携し、条項が「良好」でなくなる分岐点、それらの分岐点への対応策、合理的な交渉の時期および方法の理解に努めています。

以下は、標準的かつ公正な条項で構成されるシリーズAタームシートの例です。カッコが付されている項目(企業名およびリード投資家の名前は除く)については常に、または高い頻度で交渉が行われます。カッコが付されていない項目について交渉が行われる場合もありますが、これはむしろその企業または状況特有の特徴に関係するもので、一般的には当事者が重点的に交渉を行おうとする条項ではありません。

皆さんが気付くはずの重要なことの1つは、標準的プライシングを盛り込まなかったことです。シリーズAラウンドにおいてリード投資家は通常、企業の20%オーナーシップを求めるものの、価格は両当事者が持つレバレッジによって上下に変動する可能性があります。価格は重要な条項であるものの、各々の資金調達に固有の要素なので、標準的なフォーム作成が困難になると私たちは考えています。私たちがより関心があるのは支配と構造に関する条項で、これらは創業者にとって馴染みが薄いため、混乱やトラブルの原因となる傾向が強いです。

注記:このタームシートは特定のVCのものではなく、私たちが例としてまとめたものですが、実質的には私たちが最もよく目にする内容となっています。交渉におけるレバレッジを多く持つ創業者はより有利な交渉を行うことができますし、逆もまた然りです。

また、Wordバージョンもここからダウンロード可能です。(日本語版

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全てが1ページにまとめられていることに驚かれるかもしれません[1]。タームシートは常にこの形ではありませんでしたが、タームシートをよりユーザーフレンドリーなものにしようと考える投資家も出てきて、この10年間で一般的になりました。こうした投資家たちは、「私たちは些細な点にとらわれることなく、わかりやすく、親しみやすく、標準的かつ短時間で読めるものにするのだ」と言わんばかりに、法律の独特な言い回しを短くしました。

これはタームシートに関して理解しておくべき最も重要なことと関係しています。それは、タームシートはシリーズA投資家が創業者に何かを伝えることができるもう1つの方法であるということです。契約によりリスクは当事者間に分配されるため、投資家が主張する条項は投資家の知覚リスクに関する多くのことが含まれている場合もあります。これらの知覚リスクはいくつかの形で顕在化します。

最初の形は支配条項と関係しています。ここで意味するのは、実に標準的な条項である「議決権」セクションにおける投資家の拒否権[2]ではなく、むしろ取締役会構成と取締役会が行った経営上の意思決定を阻止または指示する投資家の能力の問題です。上記のタームシートの取締役会構成は創業者に有利です。なぜなら、創業者が2対1で取締役会を支配しているからです[3]。創業者がシリーズAで支配力を失う流れの大半は、取締役会構成が2対2対1、つまり創業者2名、投資家2名、独立取締役1名の場合です。取締役会における支配力の喪失が最重要事項であるのは、それによって創業者が自身の企業から解雇されるおそれがあるからです[4]。創業者が支配力の一部を失うもう1つの流れは、上記の標準的事例にはみられないものです。それは、年間予算の策定や経営幹部の雇用/解雇、ビジネスのピボット、新たな事業分野の追加など経営上の意思決定には投資家である取締役の承認が必要という別条項です。創業者から支配力を奪うための取締役会が開催される時、投資家は表向きにはガバナンスや説明責任を理由として正当化するのが一般的です。創業者から奪われる権力が多いほど、投資家は知覚リスクを軽減しようとしていることがより明白です。つまり、投資家が創業者との長期的パートナーシップにコミットしていること、または創業者に全てを賭けていることを主張しながら、新たな条項に関して別の主張をしてくる場合は、その新たな条項が彼らの本音と考えてください。

知覚リスクが顕在化するもう1つの形は、タームシートに非標準的または「不公平な」経済的条項が含まれている場合です。ここに挙げたタームシートの例は、それに何が含まれているかではなく、何が含まれていないか、という意味で示唆に富むものです。以下はそうした条項の例です:

  • 1xを超える残余財産優先分配権投資家は最初に投資した資本以上の金額を受取ります。
  • 利益配当優先株式投資家は投資資金回収とイグジット収益のPro-rata部分のいずれかを選ぶのではなく、その両方を手にします。
  • 累積的配当投資家はその残余財産優先分配権を毎年X%の複利で増やし、創業者と従業員が価値を得る前に解消するべき経済的障害が増加します。
  • 新株引受権投資家は合意されたバリュエーションに基づく金額を支払うことなく、完全希釈化したオーナーシップを余分に手に入れます。

これらは全て、投資家に不利な経済状態を増強させる直接的方法、または有利な成果を搾取する間接的方法により、一般的なベンチャーリスクを削減するための仕組みを追加するものです。「損をするのは御免だ」というのが投資家の基本的な言い分です。さらにこれは、創業者が企業を売却したくないのにそうするよう迫ってくる、リスクを取ることが重要な時にリスクを抑えるなど、物事が不調な時に投資家が見せるだろう行動を事前に知るうえでも役立ちます。優れた投資家はむしろバリュエーションの交渉を通じて経済的リスクに対処し、そうでなければ喜んで標準的な条項をオファーしてくれるでしょう。それらの投資家はベンチャーに収益金をもたらすのはストラクチャーではなく長期的価値の創造であることを理解しており、彼らは長期的価値の創造に関して創業者をサポートする能力に自信を持っています。

忘れてはならないこととして最後に挙げたいのは、シリーズA文書は将来のラウンドにおける条項の基礎や前例になるということです。基礎が優れていると、将来の投資家は前回と同じ単純明快な条項を踏襲することになり、次回のタームシートや資金調達ラウンドが迅速かつシンプルになります。この逆を行っていると、同様の複雑な構造の条項を将来の投資家が要求してくる、後から参加してきた投資家が投資の前提条件として削除を求めてくる条件について、既存投資家がそれを拒否するなど、将来の資金調達は複雑化します。不利な条項の解消は困難で、多くの場合、不可能です。

従って、交渉を重ねて完璧な契約を勝ち取るのではなく、公正な契約を締結することが重要となります。シリーズAに関する交渉を成功させただけで長続きする企業を作った人はこれまで存在しません。さらに、全てを正しく行う、または自分の望みどおりに行うことができなくても、皆さんには常に実行する力があります。その力を発揮すれば、皆さんが作り出す価値が次善的条項を上回ること、または将来の再交渉に向けたレバレッジを獲得することが可能になります。迅速なクロージングによる本業への復帰という最終的目標を見失わないでください。

 

注記:

[1]優秀な投資家のなかには、より長文のタームシートを提出する者もいますが、これは正式文書までの時間稼ぎというより、この段階でもう少し詳しい取り決めをしておきたいという個人的傾向に関係しています。正式文書はタームシートを基に作成され、より長文(100ページ以上)かつ拘束力を有し、全員が署名することで成立する契約書です。この時点でいくつかの追加事項について交渉するのが一般的ですが、タームシートに明示されている内容からの逸脱は取引のやり直しになります。さらに、このタームシートの数カ所では特定の条項が「標準的」であることが言及されています。これは曖昧かつ循環論的に思われるかもしれませんが、タームシートでは特定の条項がこのように記されていることが多々あります。つまり、スタートアップやベンチャー取引を専門とする弁護士の間ではそれらの条項の文書内表現に関する慣例があるため、ご自身の弁護士(および投資家の弁護士)がそうした説明を理解できることを確認しておいてください。

[2]本セクションにおける投資家の拒否権で最も影響力の強いのが、第(ii)および(iii)条に記されている融資に関する拒否権と第(vii)条に記されている企業売却に関する拒否権の2つです。これらについてここに明記したのは、これらの条項が及ぼす具体的影響は表面的には明白ではなく、大半のタームシートはこれらの拒否権に関して同様の専門用語を使用しているためです。

[3]それら2席は普通株式過半数保有者によって指名されるため、そして一般的には創業者が普通株式の過半数を長期間支配するため、創業者は暗黙的にそれら2席を支配しています。創業者により有利なタームシートでは、(個人としての)創業者自身がそれら2席を指名することができます。

[4]従業員として企業から解雇されることが創業者の取締役会からの追放の引き金になるかどうかというのは別の問題であり、融資文書での交渉内容によります。自身の議決権を行使して取締役を指名する創業者の権利は、創業者が企業に雇用されていることが条件となることもあります。議決権に条件が付いている時は、そうした条件が重要となる様々なシナリオとそれらが創業者に及ぼす可能性がある悪影響を必ず弁護士に説明してもらうようにしてください。

 

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交渉の方法

本コンテンツは Y Combinator の許可を得て FoundX が翻訳しています。
翻訳元: Y Combinator Series A Guide