先行オファー

シリーズ A ガイド

先行オファー

先行オファーとは、創業者が、投資家向けマテリアルの制作やパートナーに対するピッチ、一般的なディリジェンスプロセスなどシリーズA資金調達における通常のステップを踏まずに投資家から創業者に提出されるタームシートのことです。先行オファーは既に付き合いがある投資家から出されるのが一般的です。投資家が先行オファーを行うのは、他の投資家より先に資金提供する意思を提示することで契約締結を勝ち取りたいからです。しかし、先行オファーが行われることは少なく、過去2年間でYCカンパニーが資金を調達したシリーズAのうち先行オファーが行われたのは全体のわずか12%程度でした。

先行ディールのコスト

私たちは2018年3月から2019年9月に米国で行われたYCポートフォリオでのシリーズAラウンド120件を精査し、先行オファーがプロセスに沿って実施されたラウンドよりも一般的に希釈化レベルが高いか低いかを確認しました。結果、先行オファーを受けた創業者は、より少ない資金調達で希釈化レベルが最大1.4%高くなっているという発見に至り、少々驚かされました[1]。

先行オファーを行う投資家は、2種類の創業者インセンティブをターゲットとしています。1つ目が、リスクプレミアムで、これは創業者が「確実なこと」を獲得したいという気持ち―つまりオファーの獲得―と、市場から「ノー」と言われてしまうリスクに関するものです。

契約締結のための主要ドライバとしてこれを利用する創業者は間違いを犯しています。ほぼ全てのケースにおいて、先行オファーに積極的な投資家は、実際のプロセスにおいても正式なオファーを行う傾向にあります。投資家はひとたび契約締結をしたいと決意したら感情的にも移入し、プロセス内で契約を締結しようと他者と競うでしょう。優れた投資家は競争心も旺盛で、ライバルのパートナーに勝利することを楽しむ傾向にあります[2]。

2つ目のインセンティブは「ワークプレミアム」と呼ぶことができます[3]。これは、創業者が通常プロセス経由での資金調達における膨大な作業を回避するためなら、払っても構わないと思う対価です。正式な資金調達は6ヵ月以上要する場合があり、かなりの時間を費やす必要があります。ビジネスが順調でスケールしている場合、資金調達に忙殺されることはビジネスの成長や企業自体にとって打撃となるおそれがあります。これは見積もるのが困難なプレミアムですが、以下のように考えることができます:

資金調達中のバーン額

+

△  追加資本を得て注力した場合のKPIの成長vs.資金調達業務に忙殺されている時の成長の差

×

左記成長の結果、生じる値上げの根拠となる一部要素

しかし、ここから導かれる数値は、企業が非常に限られた資本と時間の中で予想に反して急激な採用曲線になった場合を除き、数値が非常に大きくなる可能性はあまりないでしょう。

私たちが気付いた重大な相違の1つに企業が面談した投資家の数があります。面談した投資家が1人だけであった企業もあれば、最初に受領した先行タームシートを活用して、すでに近いところにいた他の数人の投資家とのプロセス迅速化を図った企業もありました。そして、これら2つのグループを分割してデータを分析したところ、複数の投資家と面談した企業は1人の投資家と面談した企業よりも希釈化が最大2%低く、資金調達額は最大90万ドル上回っていたことが判明しました。言い換えれば、先行オファー対プロセス主導ラウンド間の希釈化に関する相違の大半は、先行ラウンドで1人の投資家としか面談しなかった創業者が原因という可能性があります。しかし、先行タームシートを活用してプロセス迅速化を図った創業者は、先行オファーの「コスト」を最小化することができました。

これは、両方の良いところを手に入れる(つまり、ワークプレミアムおよびフルに資金調達を行う際に伴う業務の両方を最小化する)には、創業者は一握りの投資家との間でプロセスを迅速化かつ簡略化させる手段として先行オファーを活用するべきだ、ということを示唆しています。そのために創業者は、実際の資金調達のかなり前から、自社の良いパートナーになると思われる一部の投資家たちとのリレーションシップ強化を徹底させる必要があります。その結果、先行オファーがあった場合にプロセスの迅速化に同調してくれる他のパートナーを確保できることになります。

シンプルに考えれば、先行オファー自体は良いものでも悪いものでもありません。以下に記しているように、各オファーは各々が有する真の価値、そしてビジネス、創業者、特定の投資家という文脈から検討される必要があります。市場規範に関する知識と組み合わせれば、リスク&ワークプレミアムは創業者が目の前にあるオファーを実際に受けるべきか否かを評価する際に活用できる有益なフレームワークとなります。しかし、創業者は先行オファーを活用することでプロセスを迅速化させ、これらのプレミアムを最小化することもできます。

先行オファーに関するガイド

投資家がそれと明記することなくオファーであるかのように創業者に思わせるケースもあります。この場合、投資家の時間軸での1対1の資金調達プロセスが始まります。先行オファーを受けていると思われる状況にある場合、するべきことは以下です:

  1. タームシートを受領しているかどうか確認してください。なお、オファーとして認められるのはタームシートという正式な書面による場合のみです。それ以外は創業者からさらなる情報を引き出すための試みであると言えるでしょう。タームシートについては、YCが作成した標準的なシリーズAタームシートを参照ください。タームシートを受領していない場合は先行オファーを受けていることになりません。
  2. タームシートを受領している場合、その投資家に、より多くのオーナーシップを持ってほしいかどうかについて、先入観を持つことなく自問してください。その結果、答えが「ノー」であった場合は、丁重にお断りしてください。
  3. その投資家に、より多くのオーナーシップを持ってほしいと思える場合、現在のオファーが次のラウンドまでになすべきことを実現させるのに足りる金額かどうか自問してください。
  4. 金額的に問題がないと思える場合、投資家が求めているエクイティの数は納得のいくレベルであるか自問してください。
  5. 全ての質問に対する答えが「イエス」の場合、これ以上の業務に追われることなくオファーを受諾するか、あるいはすでに自社についてよく知っている一部の投資家との間でプロセスの迅速化と簡略化を図るかのいずれかになります。

先行オファー受領の勢いに乗って資金調達プロセスの迅速化および簡略化を目指す場合、当該ビジネスの理解にすでに時間を費やしている一部のグループとの話になるのが一般的です。これは彼らが迅速な意思決定を下すだけの情報をすでに持っているからです。これこそ、今まで行ってきたコーヒーミーティングでの根回しが価値あるものとなる瞬間です。コーヒーミーティングを通して構築してきたリレーションシップから、一部の投資家を実際の資金調達プロセスにすぐに巻き込むことができるわけです。この段階に達したら、本ガイドの「プロセス」セクションを参照ください。

注記:

[1]各市場の平均的な希釈化レベルは異なるため、私たちは米国に限って分析を行いました。そのため、より比較可能なセットとなり、私たちが精査したラウンドの大半について関連性が高まりました。その他の市場に関しては、同様の分析を行うだけの十分なデータが入手されていません。

[2]創業者のプロセス管理が未熟である場合、これは失敗するおそれがあります。投資家に対するピッチが下手であると自覚している創業者は、このリスクプレミアムをピッチが得意な創業者よりも高く見積もる必要があります。

[3]Jared Friedmanが提唱した用語で、ここでは流動性プレミアムとの関係性に注目して使用しています。

 

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下準備

本コンテンツは Y Combinator の許可を得て FoundX が翻訳しています。
翻訳元: Y Combinator Series A Guide